手放した日
手に入れたわりに放ったものはいくつあるだろうか。夏にも冬にも、思い出は多い。新しい傷口が乾かぬままに、また新しい傷口ができる。甘噛みしながら微睡み、触れないものに口付けをする。
ただ、ただ、雨に濡れる知らない街を、
あなたの靴だけを見て、
足早に歩いた。
隣にいたはずのあなたは、いつの間にか、
ずっと前を、ずっと速く、
いつもよりずっとずっと速く、歩いていた。
白い傘。
ひかる道。
あまりにもやみそうにない雨が、
上手に活用されてたんだ。
私の歌が聴こえないように。
あなたの声が分からないように。
あんなに、好きだったことは、
ないかもしれない。
計算も、筋書きも、なかった。
だから今日だって、こんなに、未練がましい。
同じ日は二度と来ない。
この生涯でいちばん美しい、
雨の日だったんだ。
会いたい。
浮かぶのは、ほかの誰でも、ない。